コラム

最終回:ゲームブックと言葉

今回の記事の内容は「言葉について」。ゲームブックに限らない話になってしまいます。
本作を製作するにあたり、私は改めて言葉の難しさと素晴らしさを知りました。
言葉の意味の取り違えや、使い方の誤り、一般的ではない、私独自の造語に気が付かなかったり、など…。他の方に本作のテストプレイをして頂く際、私は恥ずかしい思いをしました。
それとは反対に、私の綴った言葉で楽しんでくれたり、笑ってくれたりすると、天にも昇る心地でした。言葉一つで恥ずかしくなったり嬉しくなったり…良くも悪くも、言葉の力は素晴らしいと思うのです。
日本には「言霊」という思想があります。「言葉には霊力が宿っている」という考えです。口にした言葉は具現化するとも言われています。
私は、以前のコラムで「ありがとうという言葉」と「脳には「自分」と「他人」を区別する仕組みがない」という事を書きました。
何気なく使ったとしても、心を傷つける様な悪い言葉は、相手と自分を同時に傷つけます。そんな言葉は使わないに越したことはないでしょう。
できれば、よろこびや、楽しさに繋がる言葉で溢れる世界になったらいいなと思っています。
日本語には日本語の、英語には英語の、中国語には中国語の特徴が、それぞれあります。
私は、「日本語は褒める言葉より、卑下する言葉の方が多い」気がしています。それは謙遜やへり謙りから生まれたもので、他者を思いやる力がそうさせた美徳なのでしょう。
ただしこれは日本古来の文化で、今は様相が変わってきています。また謙遜も度が過ぎると、自信を喪失させ自分を抑制する可能性があります。
言葉は文化そのものですから、そう易々と変えて良いものではないと思いますが、今の時代に合った使い方が出来ればよいでしょう。

話題を変えます。私は言葉の中でも「比喩(表現)」が大好きです。本作で気に入っている文章の一つに「赤い夕陽が帰りたがらぬ子供の様に地平を掴んで耐えている。」という一文があります。なかなか沈まない太陽さんを子供に例えました。私が比喩表現を好きになったきっかけは、TOKYO FMのラジオ番組「ジェットストリーム」のOPで、城達也氏の語る台詞を聞いたからです(ご興味がありましたら検索してみてください)。

また、安部公房氏の著『砂の女』に、
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海には、鈍く、アルマイトの鍍金がかかり、沸かしたミルクの皮のように小じわをよせていた。食用蛙の卵のような雲に、おしつぶされ、太陽は、溺れるのをいやがって駄々をこねているようだ
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という強烈な比喩表現があります。この文章を目にした時、私は手が震えてしまいました。もう一つ、
元・たまのメンバーである知久寿焼氏の『月がみてたよ』の歌の中に、
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お月さんはもう死んじゃってるのに、すごくゆっくり瞬きをする
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という歌詞が出てきます。こちらも美しい比喩だなと感じました。
引用させて頂いた文章・言葉の使いかたは、私の憧れです。
今回をもちまして「暗黒城の魔女」制作コラムは最後とさせていただきます。お付き合いをして下さり、ありがとうございました!!

 ジギタリス出版 ニシムラ ヨシヲ